酵母、細菌、かび類の微生物が出す酵素の働きにより、食品がアルコール類、有機酸類、炭酸ガスなどを生じ、食品に複雑な旨みが与えられ、独特の風味が増加します。発酵食品の旨みは、食材を発酵させる微生物が食材の成分を分解し、それをさらに際立たせることで生まれます。例えば、かつお節の旨味は、たんぱく質分解酵素の働きによって分解されたたんぱく質が、アミノ酸に変化し、イノシン酸という成分と結び付くことによって生み出されているのです。
一癖あるものも多い発酵食品の風味は、やみつきになる人もいれば、逆に敬遠したいという人もいるでしょう。けれどこの場合、味が苦手、というよりもにおいが苦手という場合が多いのではないでしょうか。発酵すると、グルタミン酸などのうまみ成分そのものは増加しているからです。
発酵は味や匂いを変化させるだけでなく、食材が持っている「体に良い成分」をより多くすることにも役立っています。
食品が発酵すると、栄養素やその機能がそれぞれの微生物の働きで変化します。例えば納豆は納豆菌の働きにより、独自の成分「ナットウキナーゼ」が生まれて血液の流れを良くしたり、ネバネバ成分の「ポリグルタミン酸」はお肌の潤い保持に効果があります。ヨーグルトの場合では、酵素の働きで牛乳に比べ、カルシウムが体内で吸収しやすい形に変化しています。インドネシアの健康食である「テンペ」という大豆をクモノスカビで発酵させた食品には、GABA(ガンマ-アミノ酪酸)や、イソフラボン、サポニンが多く含まれています。ほか、例を挙げてもつきないほど、食品それぞれに発酵の効果が見られます。
発酵過程で微生物は、抗生物質や免疫物質を産生したり、アミノ酸やクエン酸、ビタミン類などの成分を合成したりします。本来は微生物の生命活動における作用もしくは微生物そのものなのですが、結果としてそれらの物質が人間にとって有用であるため、人間の健康にも寄与してきました。酵母の細胞壁を構成しているβ-グルカンは腸管免疫系を刺激することが古くから知られており,動物実験で抗腫瘍性などもみられています。昔から漬け物や味噌などの発酵食品が体に良いと言われているのは、まさに先人の知恵なのです。
食材が発酵することによって得られるメリットは、味や匂い、成分の変化だけではありません。多くの発酵食品は、長期間保存できるという特徴を持っており、もともと保存食として生み出されたものも少なくありません。
発酵食品は塩を使って仕込みをするものが多い、ということがまず挙げられますが、そのほか発酵作用のある微生物には、ほかの微生物の繁殖をおさえる作用があるのも大きな理由です。発酵食品に含まれる善玉菌は、食材を腐敗させる原因となる悪玉菌の働きを封じ込める役割や、発酵によって生まれた成分そのものが殺菌作用を持つ場合もあるため、保存性が高いのです。
この作用によって、腐敗菌の繁殖がある程度おさえられるので、生の状態の食品よりも長い期間保存することが可能であり、さらに「熟成」といううまみを上げる効果も期待できます。
発酵することで抗酸化作用が強くなることが知られています。食品中に含まれる抗酸化物質(ビタミンC,カロチン,カテキン,フラボノイド などの低分子物質)は、生の状態では細胞内に強く結合しているため、十分な働きができません。しかし、発酵過程などで種々の酵素が働くことにより、この結合がとれて効率よく抽出され、非常に強い抗酸化作用を持つようになると言われています。
監修
圓尾和紀(まるお・かずき)
管理栄養士。静岡県立大学で修士号を取得後、管理栄養士として総合病院に勤務。現在は独立し、日本の伝統食とファスティングの良さを伝える活動に携わる。メディア出演多数、著書 『一日の終わりに地味だけど「ほっとする」食べ方』(2017年)。
(c) AiTRIGGER Inc.